宮島で鹿のために芝地は作れないの? 過去の事例から考えてみた

宮島は、花崗岩が隆起してできた島であり、土壌の性質上、植物が育ちにくい環境であると言われています。

この点については、これまでの記事でも触れてきた通り、実際にそうした側面があることは間違いないと感じています。

では、そのような環境の中で、私たちはどのような対策を考えていけばよいのでしょうか。

しかこ

そう、何ができるのか知りたいのよね

先日、宮島で唯一の広い農園を見に行ってきました。

目次
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宮島で見た「植物が育っている現実」

石垣の上に電気柵がありその中は草が生えている

宮島唯一の広い農園で感じたこと

宮島桟橋から車で、細い山道を約30分走った場所に、宮島では数少ない農園があります。

この場所は大砂利という地名で、農園自体は「中岡農園」と呼ばれており、現在も野菜の栽培が行われ、宮島内の旅館などへ届けられているそうです。

大きな柵と電気柵で鹿が入らないようにしてある

鹿が入らないように、頑丈な囲いと電気柵が施されているため、中に入ることはできませんでしたが、外から見ても、敷地内には草が生えており、植物が育っている様子が確認できました。

鹿が食べられる植物が限られている宮島の中で、このように草や野菜が育っている光景は、とても印象的でした。

当日も柵の近くまで鹿が来ていましたが、このくらいの柵をつくれば鹿が入れないという良い例になるかもしれませんね

人の手で作られてきた環境

中岡農園

宮島の大砂利にある中岡農園は、1946年に開墾されました。

当時は終戦直後の混乱期であり、宮島の大元公園には進駐軍の保養所が設けられるなど、社会全体が大きく変化していた時代でした。

詳細な記録は限られていますが、宮島内の人口が増加し、食料の確保が重要な課題となっていた時期であったと考えられます

そのような中で、島内から集めた有機肥料を船でこの場所に運び込み、長い年月をかけて土壌を整えながら作られた農地が、この中岡農園です。

大砂利の海岸にはたくさんの岩

この地域は「大砂利」という地名の通り、掘っても掘っても砂利や岩が出てくるような土地であり、農地として整備するには相当な労力が必要であったことが想像されます。

それでも、人の手によって石を砕き、積み上げ、土を入れ、少しずつ環境を整えていった結果、現在のように植物が育つ場所が作られてきました。

しかこ

みんなの努力で、ここの畑は作られたのね

つまり、この農園はもともと自然に存在していた農地ではなく、人の手によって環境が作られてきた場所なのです。

柵の向こう側には草が

当時は、現在とは異なる形で有機肥料を活用しながら、土壌を作っていたといいます。

現在でも、この農園で作られた野菜は宮島内などで使われており、私自身もここの野菜を使ったお店で食事をしたことがありますが、とても美味しかったです。

こうした事実を踏まえると、宮島のように植物が育ちにくいとされる環境であっても、条件を整えることで植物が育つ場所を作ることは可能であることが分かります。

鹿さん

芝地をもっと増やしてほしい

👉 結論:宮島でも、条件を整えれば植物が育つ可能性がある

「育ちにくい」という前提の中で考える

食べ物を探す宮島の鹿さん

宮島の土壌特性

宮島は花崗岩由来の土壌で、水はけが良く、栄養分が流れやすいなど、植物が育ちにくい条件があるとされています。

それに加えて、人との関わりや観光利用などの影響を受けながら、現在は約600頭の鹿が生息しています。

鹿さん

人間さんに翻弄されてる気がする・・・

宮島の鹿たちは、食べられる植物を探して、島中を歩き回っており、少し生えたらすぐに食べてしまうので、宮島内の餌資源は足りていない状況です。

それでも育っている場所がある

一方で、中岡農園のように、条件を整えれば植物が育っている場所も存在しています。

しっかりと土壌を開墾し、囲いなどの条件を整えれば、野菜や草が育つ可能性があるということです。

👉 結論:「育たない」ではなく「育ちにくい環境」と捉えることができる

宮島は人の関わりの中で形作られてきた

宮島包ヶ浦自然公園

包ヶ浦自然公園という例

宮島には、包ヶ浦自然公園のように人の手が加えられて整備された場所も存在しています。

この場所は、資料に人工改変地との記載があり、人の手で作られた芝地であることがわかっています。

実は、戦前の包ヶ浦周辺には、旧日本陸軍の施設や砲台関連施設が置かれていました。

山道の中には、今もその痕跡が残されています。

包ヶ浦周辺は、一般人の立ち入りが制限されていた時期もありました。

ここは、戦後の歴史を背景に持つ土地ですが、鹿たちのためにも1978年頃から芝地を作り市民公園にしたのです。

完全な自然ではないという視点

宮島の芝地はいつも短い

こうした場所の存在から、宮島は完全な自然のままではなく、人とともに環境が作られてきた側面を持っていると考えられます。

しかこ

宮島でも、人の手がだいぶ入っているのね

鹿をここまで増やしてきたのも人間であり、その鹿が食べられる芝地を作ってきたのも人間です。

そして、本来は畑に適さない土壌をがんばって開墾したのもまた、人間です。

宮島という場所において、どのような環境を作るのかは、こういった過去の事例を踏まえて考えていく必要がありそうです。

👉 結論:環境整備そのものは前例がある

芝地を作るという発想はすでに存在していた

大元公園には苔があるのが鹿は苔が食べられない

保護管理計画の中での検討

2008年に策定された「宮島地域シカ保護管理計画」の中では、過去に芝地の増設が検討されていました。

廿日市市は、鹿の市街地から島全体への分散を促すために、芝地を新たに作ることを考えていたのです。

鹿さん

えー、なんでやってくれなかったの!?

これは、保護管理計画の中にも記載されていましたし、以下の記事で紹介している新聞記事にも残されています。

専門家からの提案

大元公園の鹿さん

専門家からも芝地整備についての提案がなされている例があります。

県立広島大学名誉教授が、中国新聞のコラム欄にて

フェリーの発着場前の広場から、厳島神社に向かう海沿いの参道横にある、段になった松野植樹帯に芝を植えるのはどうか

という提言をされている事例があります。

芝地整備という方法は、以前からされてきた対策であり、突飛な考えというわけではないのです。

しかこ

とにかく芝地を増やしてあげたいね

👉 結論:この考えは突飛なものではないのです

おわりに

地面の緑は苔で鹿さん食べられません

ここまで見てきたように宮島には、

  • 人の手で土壌を整え、植物が育っている場所がある
  • 宮島にも人工的に整備された環境が存在している
  • 芝地を作るという発想が過去にも検討されていた

これらを踏まえると、

宮島は、草が育ちにくい環境であることを理解した上で、どうすればよいのか。

という視点から、もう一度考えてみる必要があるのかもしれません。

宮島にある中岡農園の存在は、宮島の環境の可能性について、ひとつの気づきを与えてくれるものでした。

実際に存在している事例を踏まえた上で、「どのような条件であれば可能なのか」を考えていくことは、これからの宮島にとって、大切な視点のひとつではないかと感じています。

不可能と決めつける前に、まずは実際に存在している事例から考えてみることも必要なのではないでしょうか。




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