宮島の鹿さん給餌活動を「ボランティア」と呼ばない理由

宮島の鹿さん給餌活動を、私は「ボランティア」とは呼んでいません。

この言葉には、どこか違和感があるからです。

宮島では、長年にわたり鹿と人が近い距離で共に暮らしてきました。

現在は「野生動物には餌を与えない」という一般論が示されていますが、宮島には特有の事情があり、市民による給餌活動が17年間以上続いています。

私は、その活動の一員として給餌活動を行い、発信を続けています。

鹿さん

毎週ごはんを届けてくれてありがとう

しかこ

ごはんもらえてうれしいね

ただ、この活動を説明するとき、どうしても納得できないことがありました。

それが呼び名です。

この活動は、
ボランティアなのか。
仕事なのか。
それとも趣味なのか。

どれも間違いではないのかもしれません。
けれど、どれもしっくりきていませんでした。

目次
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ボランティアでも、仕事でも、趣味でもない理由

ボランティアという言葉は本来、

自発的な意思で、報酬を目的とせずに行う活動や行為

という意味だそうです。

確かにこの意味なら、この活動にピッタリ合っていると感じます。

誰かの自己犠牲はなくていい

ですが、ここ日本においては、

ボランティアという言葉を使うと「無償奉仕活動」と認識されることが多いように思います。

無償で何かを与えることは尊いことです。

けれど、“無償” であることを前提にすると、

  • 継続のハードルが高くなり
  • 仲間が増えにくくなり
  • 自分に無理をさせやすくなります

私は、この給餌活動を「誰かの自己犠牲の上に成り立つもの」にはしたくはありません。

その理由はとても単純で、犠牲を伴うと、活動が広がりにくいからです。

しかこ

動物保護活動を無償でやると
続けられない人が多いみたいね

では仕事かというと、現状は行政から委託されているわけでもなく、生活の基盤になっているわけでもありません。

命に関わる活動であり、責任も伴いますので、もちろん趣味でもありません。

どれか一つの言葉に収めるには、あまりにも現実とずれがあるのです。

そんな時に出会った言葉

どの言葉にも収まりきらない。
そう感じていたときに出会った言葉がありました。

それが「魂活動(たま活)」です。

意味は、魂がよろこぶ活動。

無理のない範囲で行う活動

魂活動(たま活)は、

  • やらされているのではなく
  • 評価のためでもなく
  • お金が主目的でもない

それでも、やってしまう活動です。

魂がよろこぶ活動だからといって、楽だとは限りません。

色々と大変なこともあります。

けれど、この活動をしていることに、自分の中で納得感があるのです。

だから続いているのだと思います。

しかこ

魂がよろこぶ活動って、とても素敵な表現ね

私は、支援してくださる方も、給餌ツアーに参加してくださる方も、無理のない範囲で関わって頂きたいと考えています。

無理をすると、魂がよろこばないので、その時点でたま活ではなくなってしまうからです。

鹿さん

ムリせずに
関わってほしい

魂活動(たま活)という言葉は、生き方研究会というYouTubeチャンネルの動画で知ることができました。
タマ活。-趣味でも仕事でもない、魂の活動について-

いつくしかでは支援を募っていますが、これは活動を継続するために必要なお金であり、私自身がお金をたくさん得ることを目的にしているわけではありません

長く続けるために大切にしていること

この活動は、長距離走です。

米田さんが17年間続けてきた給餌活動は、これからも続いていくと考えています。

それが、宮島にとっても鹿たちにとっても、現状では一番よい選択だからです。

鹿を徐々に減らすことや、山の植生を回復させることは、命を繋ぐ活動の次の行動です

まずは、目の前の命を守ることが第一優先です。

私たちは、その役目を担っています。

給餌活動を継続するために

宮島の給餌活動に関わって5年目となりますが、いつの日か米田さんからバトンを受け取ることになります。

そのために大切にしているのは、

  • 無理をしないこと
  • 一人で抱え込まないこと
  • 自分の心と身体を守ること

です。

給餌活動は、ひとりでできることではありません。

多くの方のご支援と、協力があってはじめて継続できます。

しかこ

皆さまからの心あるご支援が
あってこそ続けられているのね

誰かが無理をして、自分を犠牲にすると、その皺寄せが必ず別の部分にでるということを、感覚的に理解しています。

私は「自愛と他愛は共存できる」という言葉が好きです。

自分を大切にできるからこそ、他者にも誠実でいられます。

この自他のバランスを大切にしながら、活動していくことが大切だと考えています。

自愛と他愛はどちらも大切なことですが、どちらか一方に偏りがちだと感じています。なので、そのバランスを整えてあげることが「自愛と他愛は共存できる」という考え方なのです

なぜ宮島の鹿の発信を続けるのか

近年、野生の鹿が人間の生活を脅かす存在として、問題視されることが増えています。

けれど、動物たちはただ 生きるために食べ、命をつないでいます。

鹿さん

ぼくたちはごはんを食べて
日々を生きているよ

鹿たちは、人間を困らすために、人里に降りてきているわけではありません。

少なくとも、私にはそう感じます。

例えば、農家さんに、

野菜を鹿に食べられた
農家の気持ちはわからないだろう

と言われれば、確かにその通りです。

ですが実際には、

宮島の鹿のために、人参を分けてくれる農家さんもおられます

人の価値観や考え方は、個々人によるのです。

鹿たちに悪意はない

鹿に対する、私たち人間の意味づけ一つで、その存在の扱われ方が大きく変わります。

彼らは食べ物を探しながら移動します。

常に、生きるためにごはんを食べています。

そんな彼らに “悪意” はありません

私たちは、知らないうちに
価値があるかどうかで他者の命を測っていないでしょうか。

しかこ

どのように感じるかは、人の意味づけで大きく変わるのね

だからこそ、宮島の鹿たちの現状を知ってもらいたいのです。

そまずは、

  • 知ることで考える
  • 考えることで選択が変わる

その積み重ねが、野生動物とのより良い関係につながると信じています。

これは、宮島もそうですし、その他の場所も同じです。

宮島の鹿の発信活動による変化

これまでの5年間の発信活動により、着実に宮島の鹿の現状が知られてきています。

給餌ツアーに参加してくださる方も増えました。

野生動物のことを知る機会が増えれば、この地球に暮らす仲間として、鹿を見られるようになると考えています。

「人間は鹿よりも優れていて偉い」という概念が、今の世の中に広がっているように思います。ですが、キャンプで自然の中に放り出されると、野生の鹿には敵わないなとよく感じます

おわりに

宮島の鹿さん給餌活動は、
私にとって「魂がよろこぶ活動」です。

犠牲でも義務でもなく、
自分自身が納得して続けている活動なのです。

そして、この活動はひとりの力だけでは続きません。

  • 長年、支援してくれている支援者さん
  • そして米田さんご夫妻
  • 給餌活動を手伝いに来れくれる方たち
  • 応援してくれる全ての方

皆さまがいてくれるからこそ、宮島の鹿たちはごはんを食べられて、今日も命を繋ぐことができています。

鹿さん

みなさまに感謝

しかこ

みんなで助け合って
鹿さんの命を守っているのね

鹿たちが食べ物を得ることができているおかげで、宮島という観光地の平和が保たれています

この活動を、ボランティアという言葉だけで終わらせたくはありません。

今後も、多くの方に関心を寄せてもらい、みんなで宮島の鹿さんについて考えていきたいです。

支えてくださる皆さまと共に、
無理をせず、これからも助け合いながら、
活動を続けていきたいと思います。

知ることも、広げることも、支えることも、
それぞれができる形で関わることが、より良い未来につながります。

この活動は、犠牲ではなく、みんなで行う魂活動(たま活)なのです。

もし、「たま活」という言葉を気に入ってくださったなら、今後は、あなたなりの「たま活」として、いつくしかに関わってくださるとうれしいです。

この活動を支えてくださる方へ。
いつくしかへのご支援は OFUSE にて受け付けております。




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