宮島で鹿に餌をあげることについて、
「給餌は禁止すべきだ」
「いや、助けるためには必要だ」
など、さまざまな意見があります。
しかこ賛否両論いろいろあるよね
まずはっきりさせておきたいのは、
私たち給餌ボランティアは「給餌禁止という対策自体に全く根拠がない」とは思っていません。
そこで今回は、
宮島では鹿の餌資源が不足している現状がある一方で、給餌禁止のお願いにも一定の理由がある、という一見すると矛盾しているように見える問題について、考えてみたいと思います。
なぜ「餌やり禁止」が求められるようになったのか


これまで宮島では、鹿が観光資源として扱われてきました。
観光客が鹿と触れ合い、鹿せんべいを与える文化が長く続いてきた歴史がありました。



ぼくたちは長年、
人間さんと共に生きてきたよ



これは紛れもない事実ね
1989年7月に撮影された宮島の映像が、広島ニュースTSSの公式YouTubeチャンネルに公開されています。
宮島大鳥居の前で、朝と夕方にラッパを吹き、
40年間も鹿の餌やりをしていた様子が映像に残されています。
この方は、鹿おじさんとして宮島では有名だったそうです。
多くの観光客が、ラッパの音と鹿たちがごはんを食べに来る様子を楽しんだのです。
その一方で、
鹿への人による餌やりが長年行われたため、
市街地に鹿が集中するようになり
- ゴミの誤食
- 人とのトラブル
- 植生への影響
など、さまざまな問題が起きてきました。
こうした背景から、
2007年より、これ以上鹿を市街地に集めないために「鹿に餌を与えないでください」という給餌禁止のお願いが出されるようになりました
これは、増えすぎた市街地の鹿による問題を抑えるための
対策のひとつであることは、理解できる部分があります。
私たちは「昔に戻ればいい」とは思っていません


ここで、ひとつ大切なことがあります。
私たちは、
「昔のように鹿せんべいを復活させればいい」
「観光客が自由に餌をあげられるようにすればいい」
とは考えていません。
もし鹿せんべいが広く与えられるようになれば、
鹿は人のいる場所を求めて再び市街地に集まります。
そうなれば、
かつてと同じように鹿が市街地に増えすぎ、
同じ問題が繰り返される可能性が高いからです。



そっか、そもそも
鹿の観光利用が原因だもんね
また、
鹿せんべいは、米糠と小麦粉が中心の、どうしても栄養が偏りやすい食べ物です





鹿せんべいだけだと
栄養が偏るよ
「かわいそうだから」「お腹を空かせていそうだから」
という気持ちだけで鹿せんべいを与え続けることが、
必ずしも鹿の健康につながるとは限りません。
それでも「何もしない」でいいのでしょうか


一方で、給餌を完全にやめれば、すべての問題が解決するのでしょうか。
私たちが日々鹿と向き合う中で感じているのは、
餌を与えないことで、
鹿がゴミを漁ったり、
人の生活圏に入り込んだりする状況が
見えにくくなっているだけではないか、ということです。
見ていないところで起きている問題は
なかったことにはなりません
鹿が今の頭数まで増えたのは、人間のこれまでの行いによるものです。
それにより、鹿の食べ物が育ちにくい土壌の島で、
さらに鹿の餌資源が不足する状況が生まれています。
宮島の植生については、以下の記事に書いています。


私たちが提案したいこと


私たちが考えているのは、
「餌やりを自由にしてほしい」という話ではありません。
無秩序な給餌ではなく、
鹿の健康を第一に考え、きちんと考えられた給餌という選択肢です。
- 栄養バランスを考えた餌
- 与える場所や量を限定する
- 市街地周辺の山側での給餌
- しっかりと実情を発信する
こうした条件を前提に、
一部の給餌活動を認めることはできないのか
という提案を、私たちはしています。
2009年に策定された初期の「宮島地域シカ保護管理計画」では、鹿の餌不足が深刻化した場合の対応策として、
餓死しそうな鹿が出てきた場合は、鹿への限定的な餌やりや芝地の増設を検討する
という方針が明記されていました。
実際、当時は食べ物が不足し、衰弱する鹿が目立つ状況にあったことは、当時を知る給餌ボランティアに直接お聞きししていますし、新聞記事としても当時の状況が残されています。
2008年当時の新聞記事です
そうした現実を前にして、「このままでは命が守れない」という危機感から、現在につながる給餌ボランティア活動が始まった経緯があります。


つまり、給餌活動は突発的に始まったものではなく、
当初の保護管理計画が想定していた“非常時の対応”として、現場で自然発生的に生まれたものでもあります
だからこそ今、当時の計画に立ち返り、限定的な餌やりを再び公式に検討する。
あるいは、長年続いてきた私たちの給餌活動を、対策の一つとして正式に位置づけることが、現実的な第一歩になるのではないかと考えています。
鹿の命を大切にするために


前脚が少し不自由な「はのちゃん」です
これまで宮島では、
鹿を観光に利用するために増やしてきた側面がありました。
だからこそ、
減らすためならどんな方法でも構わない
ということではなく、
いま生きている鹿をどう大切にするのか
という視点に切り替える必要があると感じています。



わたいたちも幸せに
生きていきたいよぉ・・・



人間も動物もみんな幸せに
生きていたいだけだよね
鹿を排除することでも、
感情だけで守ろうとすることでもなく、
現実を見ながら、責任を持って向き合うこと。
そのための議論や選択肢のひとつとして、
この提案を受け取ってもらえたらと思います。



