宮島の鹿の現状をお伝えすると「鹿は泳げるから大丈夫」と返されることがあります。
宮島と本土の間は、狭いところだと約500〜600メートルです。
「鹿は餌がなければ泳いで海を渡るし、実際に渡った鹿もいる」
と何度か言われたことがあります。
結論をお伝えすると、宮島の鹿は「餌が少ないから泳いで本土に渡る」ことは、基本的にありません。
それは何故なのか、この記事でお伝えしたいと思います。
鹿は泳ぎが得意は本当なの?

鹿はどちらかと言えば、泳ぎを得意としている動物です。
その理由は、鹿は野生動物の本能で「逃げる」手段として泳ぐ能力を兼ね備えているから。
特にニホンジカやアメリカジカなどは、川や湖を渡る姿が観察されています。
鹿は四肢が発達していて、筋肉も強いため、安定した浮力と推進力を持っています
ただし、泳ぎが「得意」だと言っても、普段から積極的に泳ぐわけではありません
鹿は危険から逃れる必要があるときや、移動手段として必要なときに泳きます
宮島の鹿も、泳いで対岸の大野町まで渡った鹿が目撃されていますが、それが日常的に起きているのかと言えばそうではありません。
鹿は泳いで本土に渡るから放っておいて大丈夫?

では、宮島の鹿は泳いで本土に渡るから大丈夫なのでしょうか。
宮島から対岸(廿日市市の本土)までは、近いところでも約500〜600メートル程度の海を挟んでいます。
一見近く見えても、海は潮の流れが速く、深さもあるため危険です
私は過去に、廿日市市が開催していた「はつかいち宮島パワートライアスロン」というスポーツ大会に出場したことがあります。
宮島の大鳥居から対岸の大野町まで、ウェットスーツを着て泳ぎました。

引用:スポーツサイクル ウエキ
実際に泳いだ距離は2.5km。
潮の流れが早く、泳いでいても方向が分からなくなることが度々ありました。

泳いでいる最中は、息継ぎする際に波が顔にかかり、海水を飲んだりしました。
鹿は、私よりも泳ぎが得意だとは思いますが、それにしても足のつかない海を泳いで渡り切ることは、とてつもないリスクです。
宮島の対岸に餌がたくさんあるという保証もありません
宮島の鹿たちは、何の情報も持っていないのです。
「鹿は泳げるから餌不足でも大丈夫」は無責任?

鹿は泳げるから餌が不足していても大丈夫
という考え方は、人間都合な発想ではないでしょうか。
「泳げる」と「移動する」は別問題

鹿が泳げるのは事実ですが、それは「逃避手段」であり、積極的な移動手段ではありません。
鹿にとって海を泳ぐのは大きなストレスとリスクがあり、潮流・波・距離・方向感覚の問題もあるため、日常的に渡れる環境ではないのです。
「本土に行けば餌がある」という保証もない

本土側にも、縄張りを持つ鹿や他の動物がいます。
仮に宮島の鹿が本土に渡れても、新しい環境に適応できるとは限りません。
実際に対岸の大野町では、シダ類などの鹿が食べられない植物が多く、また山に到達する前に、人間の居住地や交通量の多い道路などがあります
むしろ、かえって餓死・事故・交通被害のリスクが高まります。
鹿にとって、本土側が必ずしも快適な空間だとは言えないのです。
宮島の鹿は環境に適応して生きている

宮島の鹿は「島での生活に特化した個体群」であり、代々その環境で生きてきました。
急に環境が変われば、ストレスや採餌能力の不足で命を落とす個体も出ます。
鹿は群れの中での行動を重視するため、「一頭だけで本土に渡る」ような行動も非常に起きにくいです
あるとすれば、繁殖期に雄同士の決闘で負けた雄鹿が単独行動を取るので、そのような鹿であれば泳いで渡る可能性もあります。
問題の本質から目を背けないために

「宮島に餌が足りないなら移動すればいい」と言うのは、人間の責任放棄につながるのではないでしょうか。
そもそも、宮島の鹿の環境を作ったのは人間です。
鹿が苦しんでいる現状に対して、「動物が勝手に解決すべき」というのは責任逃れだと思われても仕方がありません。
「鹿は泳げるから大丈夫」という発言は、事実の一部だけを都合よく切り取った無責任な意見なのです

とはいえ、それはただ単に深く考えていなかったり、宮島の鹿の境遇について知らなかったから、ということもあると思います。
ですので、他の記事も合わせて読んで頂き、今一度考えてみてもらえたらと思います。
宮島の鹿の立場に立って考えてみれば、自分の発言により慎重になれると思うのです。